伊東豊雄によるアンドレア・ブランジ
連続するいま
ミラノ・トリエンナーレ2026

無限の鏡の反復(∞)を抜けると

淡いベイビーブルーの奔流が広がる

鏡の皮膚(/)が世界を割り続け

あらゆる意味(A-Z)を漂白し

過去にも未来にも属さない

連続するいまが立ち昇る

理想や目的地などない

その零度(0)の空間の向こうに

一粒の小さなもの(i)が

はじめてその輪郭を震わせる

流れに浮かぶ島のように

もはや誰によっても所有されず

誰のためでもなく

ただ一度きりの現象として

そこに立ち現れる


AndreaBranzi
={A,…,Z}/∞ + i

i は写真にうつらない

だから、文章と数式だけで連続するいまを描く

写真にはうつらない美しさがあるから


献辞

アンドレア・ブランジと伊東豊雄に捧ぐ


00

アンドレア・ブランジ展
非公式カタログ

ゆく川のながれは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまりたるためしなし。

鴨長明『方丈記』

2026年3月19日より、ミラノ・トリエンナーレにて、カルティエ現代美術財団との共催により、アンドレア・ブランジの大規模な回顧展『ANDREA BRANZI BY TOYO ITO : CONTINUOUS PRESENT』が開催される。

アンドレア・ブランジは、建築家、デザイナー、また思想家としてイタリア・デザイン界を牽引した人物である。1960年代、フィレンツェでアーキズームの創設メンバーとして急進的な実験を開始し、近代都市に対する批判としてノーストップ・シティを構想した。その後、アルキミアやメンフィスの活動を経て、デザインを人類学的な視点から再考し、生態系や共生といったテーマを生涯にわたり探求し続けた。

このイタリアの巨匠の回顧展のデザインを引き受けたのは、日本を代表する建築家、伊東豊雄である。ブランジと伊東は『ゲント市文化フォーラム』のコンペティションの際に協働した古くからの友人である。伊東は、展覧会を絶え間ない流れとしてデザインし、展示作品とブランジの哲学が過去でも未来でもなく、ただ現在にのみ存在することを強調する。展覧会のタイトルは「連続するいま」である。

展覧会は鴨長明の引用から始まる。訪問者はベイビーブルーの床のラインに導かれ、ノーストップ・シティのオマージュとしてのグリッド状の均質空間に誘われる。この四面に鏡が張られた空間では、あらゆるものが無限のなかに閉じ込められる。このインスタレーションを抜けると、直線状の床のラインは徐々に有機的な流れへと溶融してゆき、訪問者をさらに奥へと引き込みながら、後期の有機的な作品群との遭遇へと導く。まるでブランジの思想の軌跡を辿るかのような美しい構成のなかで、訪問者は彼の思想を追体験し、新しい世界を体感する。

伊東とブランジが協働して新しい世界を見せてくれることに素直に感動する。建築家が展覧会を手がける意味は、新たな世界を空間として開示することにあるのではないだろうか。本展は、単にブランジの作品を並べるだけではなく、絶え間ない流れをつうじて、ブランジの思想の軌跡を鮮やかに浮かび上がらせる。作品は点ではなく流れのなかの渦として立ち上がり、この流れと淀みのなかに、ブランジの思想がここにしかない現在として現れてくる。要するに、本展は単なる作品展示を超えて、新しい世界を浮上させるのだ。

言葉を書くこともまた、同じ営みであるはずだ。単に展覧会を記述することを超えて、新たな世界を浮上させなくてはならない。ここに記す言葉は、個人的な思想の軌跡であり、ブランジの思想、伊東豊雄氏の意図、あるいは展覧会主催者による公式な解説を示すものではない。この展覧会という場を契機として、アンドレア・ブランジという思想がいかなる意味を持っていたのかを、公的な枠組みから切り離し、個人的な非公式カタログとして提示する試みである。そうして初めて、小さなもの(i)が顔を覗かせるだろう。

実のところ、ブランジと伊東による素晴らしい協働作業に、言葉をもって参加したいだけかもしれないが…。


i² = −1

01

大きな円環と小さなもの
A-Z & i

誰かを存命中に呼んだり指名したりすることで、われわれは彼の名が彼より生き延びうること、すでに彼より生き延びていることを知っている。彼の名は彼の存命中からすでに彼なしで済ませはじめており、指名したり呼び止めたりするさいにその名が発音されるときはいつでも、また名簿や身分証や署名にその名が記載されるときはいつでも、彼の名は彼の死を語りながら有している。

ジャック・デリダ『メモワール』

《Andrea Branzi》の名前を見るたびに、アルファベットの羅列が見えてくるのは不思議なことである。まず《A》という大文字から始まり、つぎに《B》という大文字が目に飛び込み、気が付けば駆け足で《Z》へと導かれ、アルファベットの円環は閉じる。その大きな円環の先には《i》という小文字が、新しい生命が芽吹くかのごとく、あるいは春の訪れへと歩き出す希望のごとく、力強くそこに存在している。

大きな円環(A-Z)と小さなもの(i)、この二つの組み合わせこそ、ブランジの思想を明確にする概念である。目は口より先にものを言うように、名は思想を先取りして語り継ぐ。AからZまでのアルファベットは記号化されたカタログ、すなわち死を押し付ける有限集合を意味している。ブランジの名もまた記号体系の内部に置かれるが、その死に抗うように、外側にある小さなもの(i)を見出そうとする身振りとして読むことができる。

名は生前から彼の人生を規定し、彼の死後も残り続け、呼びかけることをやめない。プロジェクトとは与えられた名への応答であり、回顧とは残された名に応答し、彼の存在を現在に立ち現れさせる喪の作業である。その交差点に現れるのが、ある一つのプロジェクト、ノーストップ・シティである。それは、近代都市を大きな円環(A-Z)に閉じ込めると同時に、小さなもの(i)の気配を漂わせる応答の足跡でもあった。


AndreaBranzi
={A,…,Z} + i

02

理念なき装置の誕生
ノーストップ・シティと閉じた均質空間

レス・イズ・モア。

ミース・ファン・デル・ローエ

ブランジは、ミース・ファン・デル・ローエの均質な空間の論理を笑い飛ばすかのように、その前提を根本から転換させる。ミースに代表される近代都市の「開かれた均質空間」は、無限に拡張しようとする均質な床のうえに成立している。その均質性は一箇所にとどまることを知らず、ガラスの透明性によって外部へと開かれた線形なベクトルを持ち、普遍的であることを目指して拡張を進めてゆく。

この床とガラスが構成する近代的な空間は、合理的かつ普遍的な理念に導かれながら、資本主義の論理と共犯関係を築きあげ、進歩という目的論に縛られた線形な時間軸のなかで、世界を征服する勢力を持っていた。レス・イズ・モアというイデオロギーは自由を標榜していたが、逆説的に、あらゆるものを均質空間のなかに捉えてしまったのである。

しかし、ブランジは、この理念の追求がもはや不可能であるという近代都市の限界を認識していた。そこで彼は、建築や都市の概念をあらゆる理念や権力から切り離し、均質空間を産出する単なる無機質な装置の制作に専念した。それがノーストップ・シティである。

この装置は、建築なき都市の概念を通して、建築が永続的な作品として機能しない時代における新しい形式を提示するものであった。このプロジェクトでブランジは、無限に反復する大きな円環(A-Z)、すなわち、外部から切断された「閉じた均質空間」を発見した。これは、外部に向かって拡張を続ける開かれた均質空間を、閉じたシステムのなかへ完全に馴化させるものであった。

四面に鏡が貼られた模型がわかりやすいが、外部が欠落したモナドのように、その内部で景色や論理を無限に反復する閉鎖的な循環構造が提示される。それは、始点と終点を持たない自己完結的な論理によって駆動し、線形な拡張ではなく、循環的な回帰を空間の性質としている。

この徹底された均質性の論理は、彼が均質空間そのものではなく、均質空間を生み出す装置をつくったという点で革命的であった。ノーストップ・シティとは、どこまでも無限に続いてゆく理念などではなく、四面に鏡を貼られた理念なき装置によって産出される、無限の効果に過ぎないのである。

ミースに代表される近代の建築家が、秩序を与え形態を美しく完成させる創造主であったのに対して、ブランジは無限の反復というルールを設定し、無限に広がる場を提供するシステムの構築者であった。彼はアーキズーム時代にデザインしたミースを揶揄した椅子において、線的に拡張するバルセロナ・チェアの脚部を三角形の閉じた循環構造へ書き換えたが、この操作は、開かれた建築の設計者から閉じた装置の製作者への転換を象徴している。

この文脈において、装置が理念に先立つ。たとえば、四面に鏡を貼った装置の中心に柱を一つ置くだけで、意図も理念も表現もなく自動的にグリッドが産出される。つまりブランジが見つけたのは、グリッドではなく、グリッドを産出する装置だということである。そこには鏡の反射効果があるだけで、一欠片の理念もない。

理念より装置を優先する態度は、ノーストップ・シティの表記法にも影響する。事実、ノーストップ・シティの無限の平面は、文字を等間隔で刻み続けるタイプライターという機械によって出力された。理念や意図から切り離された、機械的に生成される空間こそ、世界を無限のなかに閉じ込めるのだ。

こうして産出された閉じた均質空間の論理は、近代の夢である開かれた均質空間の論理を内包してしまう。鏡の貼られた箱のなかに何も置かないとき、ミースが理想とした開かれた均質空間が鮮やかに実現される。

この意味で、開かれた均質空間は閉じた均質空間の一つの解答に過ぎず、それを産出する装置がより根源的だということになる。この論理の根源性こそが、近代のユートピアである開かれた均質空間が辿り着く論理的な終着点を明らかにし、その理念の相対性を暴露したのである。鏡による演算処理は、理念の相対化を物理的に執行するのだ。

取り囲む鏡の皮膚(/)は、内部に置かれたあらゆる意味や形態(A-Z)を無限(∞)に反射し、完結した均質空間を一瞬にしてつくりだす。このとき、鏡に囲われた空間は、無限に広がる全体の中の一つの切片となり、個々の意味は無限のなかに溶け込んでしまう。あらゆる意味は、割り算のごとく、無限から切り出され、希薄化した欠片となるのだ。

理念から装置へ。こうして、レス・イズ・モアというイデオロギーは逆転する。モア・イズ・ナッシング。多すぎることは何もないことと同じである


No-Stop City
={A,…,Z} / ∞

03

差異を生む反復
鏡の皮膚と零度の空間

永劫回帰は、《同じもの》を還帰させるわけではない。そうではなく、還帰するということは、生成するものについていわれる唯一の《同じ》ものを構成するということである。

ジル・ドゥルーズ『差異と反復』

多すぎることは何もないことと同じである。鏡の皮膚がもたらす無限の反復は、あらゆる意味を零へと漂白し、世界を閉じた円環の中へと幽閉する。しかし、理念なき装置がもたらす極限の中立性こそが、固定された意味の体系を解体し、差異の連続的な生成を可能にする。

ブランジはミースの開かれた均質空間を合わせ鏡で切断し、外部を喪失した閉じた均質空間へと反転させた。これは直線的な進歩の終焉であり、ドゥルーズが解釈したニーチェの永劫回帰、すなわち差異を生む反復に近いものである。反復という運動そのものが、常に新しい差異の舞台となる。

すべてが永遠に反復されるという絶望的な閉鎖性、つまりシステムによる徹底した疎外を秘めたこの空間こそが、その都度に新しい状態を創造し、その都度に発見される差異の無限の生成を可能にする。この冷徹な装置が零度を生成するからこそ、逆説的に、絶対的な自由の場を提供するのである。

ドゥルーズが永劫回帰のなかに生を肯定する力を見出したように、ブランジもまた、この無機的な装置に新しい創造の可能性を見出した。システムの論理とはまったく無関係の小さなもの(i)が、まさにその均質な空間のさなかに介入してくるからである。

均質なシステムが中立性を保ち、大きな円環として駆動するからこそ、小さなもの(i)との遭遇が生じて、空間に絶え間ない差異を生成する契機が生まれる。鏡張りの箱という零度の空間は、小さなもの(i)、すなわちオブジェや自然、あるいは他者といった予期せぬ流動的な要素との出会いの場となる。

四面に貼られた鏡の皮膚が映し出す反復のなかで、人間はこれらの小さなもの(i)の微かな息遣いを感じ、その都度、新しい配置や関係性を見出すという創造的な応答を繰り返す。この創造的な応答は、無機的なシステムの論理をそのまま維持しつつ、その内部に、二度と再現されない流動的な生という、一回限りの動的な体験の場を立ち現れさせる。

この一連の仮説的な応答こそが、過去や未来に縛られず、常に新しい状態を生成する「連続するいま」という時間を保証する。ブランジは、建築がもはや永続的な理念や作品を表現しえない時代において、仮説的な創造を無限に産出する装置という新しい形式を確立したのである。

過剰な意味の束(A-Z)は、無限の反復(∞)によって極限の零度(0)へと到達した。そして、その絶対的な零度の空間にのみ、一度きりの現象として小さなもの(i)が投じられる余白が生まれる。


{A,…,Z}/∞ = 0

04

逆説的な生の発見
建築なき後の有機的な生

無限の観念は、無限の表象ではなく、活動性そのものを支えている。活動性が対置される観想的思考、知、批判は、この同一の基礎を有している。かたや無限の表象と化すことのない無限の観念こそが、活動性と観想に共通の源泉なのである。

エマニュエル・レヴィナス『全体性と無限』

ブランジの思想を貫く大きな円環は、その強力な論理によって、あらゆる意味や価値を極限まで漂白し、世界を零度へと還元した。この極度に均質化された場所において、日常的なものは非日常的な特異点として映り込み、小さなもの(i)の気配が生じてくる。ブランジは、この決して捕捉し得ないiの追跡に、自らの生涯を投じることになる。

ここで現れているのは、永続的な秩序が崩壊した時代に、すべてが流動的で止まることがないという、差異が絶え間なく生まれる循環の場である。レヴィナスが語るように、無限とはすべてを漂白する空間的な反復であるだけではなく、システムや表象が決して捕らえきれないものを溢れ出させる源泉である。それこそが、純粋な創造性を支えているのだ。

従来の理念としての建築がもはや機能しないと見極めた彼は、単なる造形を超えて、建築なき後の建築を提示する根本的な探究へと移行した。無機的な円環を極限まで押し進め、生の価値すらも零度へと漂白する徹底的な自己否定。その極限の果てにこそ、彼の生涯は新しい自然の生命力への深い共感という逆説的な発見へと結実するのだ。

たとえば、アニマリ・ドメスティチや後期の作品群に見られるように、彼は有機的なもの、すなわち動物や農業へと思考の目を向け、新たな可能性を発見してゆく。彼にとって、農業や動物というテーマは、システム外部の感傷的なモチーフではなく、円環のなかで生成と消滅を繰り返す小さなもの(i)が、有機的な生命力として具現化された、帰着点のひとつであった。

小さなもの(i)の力強さは、システムが排除した身体的な行為や予期せぬ偶然性、そして自然や他者といった非システム的な流動性によってもたらされる。ブランジは、ミースの線形な理念を断ち切り、閉じた円環というモナド的な装置によって、空間だけでなく時間もまた、始点と終点を持たない「連続するいま」であることを見抜いた。この円環の論理を受容した結果、その内部で流動的で有機的な生が、その都度、一回限りのものとして発見されるのである。

この逆説的な応答こそが、ブランジの最も重要なメッセージに他ならない。そして、この発見は、彼が晩年を通して有機的な素材や形態へと作品のテーマを変遷させていったことによって、具体的なかたちで示されている。晩年の関心は、彼が初期に批判した近代の建築家たちが完全に目を背けた、人間の根源的な生のあり方、すなわち住まうことの根源的な創造性が、生命や有機体のなかに見出されたことを意味している。

ノーストップ・シティは、「建てること」と「住まうこと」が決定的に分離した世界において、住まうことの仮設性に気づかせる装置として機能した。ブランジは、世界を無機的な量へと還元したが、まさにその徹底性によって、世界には流動的な質が溢れていることが露わになったのである。

大洪水の後に残されたニヒリズムの絶望は、死の欲動(タナトス)が支配する時代の終焉を意味する。世界が零度へと還元し尽くされたその裏側で、生の欲動(エロス)としての新しい生命力が、肉感のある身体が、意味を失ったものたちの存在のざわめきとして立ち現れる。


0 + i = i

05

流れとうたかた
一回限りの創造的な応答

ゆく川のながれは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまりたるためしなし。世中にある人と栖と、またかくのごとし。

鴨長明『方丈記』

一九六六年のフィレンツェ大洪水と一九六八年のミラノ・トリエンナーレ占拠事件によって、建築が依拠してきた永続性という神話が瓦解し、制度への信頼が決定的に失われた。この破局の時代にブランジがノーストップ・シティを構想したことは、都の火災や災厄をまえに方丈を構想した鴨長明の姿勢と、驚くほど響き合う。

長明の方丈は、単なる隠遁の住居ではなく、流れゆく世界を観測し、受け止めるための仮説的な装置であった。この方丈は、あらゆる理念から切断され、無限の反復の効果だけが産出される、ブランジの閉じた均質空間と呼応する。両者は永続的な建築を放棄した者が、世界の無常を凝視するために設けた、一回限りの生の足場なのである。

それゆえ、ブランジのノーストップ・シティ以後の探求が、連続するいまを生きようとした長明の姿勢と響き合うのは、不思議なことではない。長明もまた、方丈という住まいのなかで、流れゆくものとの刹那的な出会いを肯定し、その都度の移ろいを享受した人物なのである。

『方丈記』冒頭の句は、この思想の構造を鮮やかに射抜いている。「ゆく川のながれ」は、始点も終点もなく循環し続けるブランジの大きな円環(A-Z)の論理そのものである。次に、その流れの中に結んでは消える「うたかた」こそが、小さなもの(i)の原型にほかならない。それは流動的な要素であり、既存のシステムには決してプロットできない、虚数のような存在である。

さらに長明は「世中にある人と栖と、またかくのごとし」と結び、人間の生活と住居そのものが、うたかたと同じく、一回限りの現象としてしか存在しない仮設的なものであることを突きつけた。それは、永続性という建築の神話が崩れ去ったあとに立ち現れる、人と住まいが流れのなかで結ばれる、最も裸形の出来事であった。

確かに長明は流れに身を任せた。だが、それだけではない。彼は方丈という零度の空間において、松風や水音といった微細な揺らぎを受容し、それらをその都度の楽へと読み替えることで、一瞬ごとの仮説的な創造に身を震わせていた。それは完成を目的とする制作ではなく、絶え間ない流れというシステムに対する、一度限りの創造的な応答であった。

流れは止まらない。だが、その流れのなかで、一瞬の応答を創り出す者がいる。長明はその一人であり、ブランジもまたその一人である。


i² = −1

06

終わりのない探索
連続するいまを生きるために

私の仕事は、結末も、結論も持たない。終わりのない探索そのものである。絶えず変容し続ける思考であり、過去にも未来にも属さず、「連続するいま」に属するものなのである。

アンドレア・ブランジ

ブランジがノーストップ・シティで暴き出した無機的なシステムの論理は、いまなおその浸食を続けている。今日の都市は、有機的な自然から遠ざかり、無機的な均質性へと加速することをやめない。開かれた均質空間は資本のもとで飽和し、すでに世界の都市を覆い尽くしている。

ブランジはノーストップ・シティを通じて、都市が辿り着く未来の終着点を予見した。しかし、閉じた均質空間を完遂させたことによって、逆説的に、その内部で有機的なものへの出会いが開かれた。このプロジェクトは、零度の真空を現出させることで、出会いを可能にする実存的な場となったのである。

ブランジの今日的な価値は、予言的な批判そのものにとどまらない。その真価は、ニヒリズムを越えた状況において、流れのなかで小さなもの(i)に対峙するという、生を肯定するヴィジョンにある。彼は永続的な理念を放棄し、連続するいまを生き抜きながら、創造的な応答を繰り返した。

私たちはすでにシステムへの参加を余儀なくされている。均質化が進行する状況において、ブランジの態度は、極限化されたシステムという中立的な場を逆手に取り、予期せぬ遭遇と応答を無限に反復させながら、流動的な質を溢れさせる実践の可能性を示している。

この展覧会場において、鑑賞者は、まず無限に均質な空間のなかを歩み、その絶望的なシステムの極北において、生の欲動(エロス)が芽吹くさまを体験する。そこでは、ブランジが追跡した小さなもの(i)のざわめきを感じながら、最も切実に響く生の肯定を、この有機的な空間で体感する。

システムの論理を極限まで押し進め、すべてを零度へと漂白したその先にのみ、誰にも所有されない純粋なiが尻尾をみせる。これこそが、ブランジが私たちに託した、システムの中で自由であるための唯一の方法である。ブランジの思考は、いまなお途切れることなく、この場所に連続している。決して汲み尽くせぬiに遭遇しながら、創造的な応答を繰り返さなくてはならない。

ブランジの思考は、永続的な理念をつくることではなく、この小さなもの(i)と遭遇する仮説的な真空状態を制作することであった。もしそうであるなら、この展覧会は過去の作品の回顧などではない。それは、いまこの場所で、新しいiが投じられる瞬間を冷徹に待ち受ける、連続するいまの現場なのである。

ブランジの思考は終わらない。

いまも生成している。

この展覧会の内部で。


AndreaBranzi
={A,…,Z}/∞ + i

07

二つの i の衝突
伊東豊雄の流れと淀み

「場所」という言葉を「均質空間」の対立空間と考えるからです。…「場所」とは絶え間なく流動し、変化する自然との関係においてつくられるものです。それは時間的にも空間的にも「流れ」のなかに生じる「淀み」のような空間と考えています。

伊東豊雄『この社会に、建築は、可能か』

ブランジが思考の果てに感応した小さなもの(i)は、それ単体では不可視の虚数に過ぎない。そのiの輪郭を震わせ、私たちの身体が感知しうる現象として立ち現れさせたのが、本展のもう一人の主役、伊東豊雄である。ブランジ同様、伊東もまた、その名においてiを追跡する宿命を背負っていた。

伊東はブランジとは別の仕方でiを追跡してきた。ブランジがあらゆる意味(A-Z)を無限で割ることによって零度の空間を目指したのに対し、伊東は従来の建築が依拠してきた時間的な継承性(t)と空間的な固定性(y)を徹底的に消去することで、零度の空間を現出させてきた。

伊東もまたブランジ同様に均質空間に疑問を抱き、そこに対して根源的な応答を試みた。伊東にとっての場所とは、絶え間ない流れのなかに瞬時的に立ち現れる現象であった。その現象を捕まえるために、あらゆる永続的な時間(t→0)を消去し、重々しい空間を一枚の表面へと押し上げる(y→0)ことが求められたのである。

伊東はこの極限まで薄められた零度の表面において、建築を閉じられた領域から解放し、流れと淀みという思考にたどり着いた。流動する自然という「流れ」のなかに、一時の「淀み」としての場所を見つけたのである。本展の流れるようなベイビーブルーの床面と浮かぶような展示什器も、その軌跡の一つにすぎない。建築を純粋な表面へと還元する伊東の建築操作は、以下の極限式に集約される。


Toyo Ito
= t→0 y→0 ( Ito )
→ i

建築という形式を用いながら、みずからの表現をなくすべく試み、あらゆる変数を限りなく零へと収束させるとき、大文字のIは消失し、小文字のiが浮上する。伊東の空間とブランジの思想はiを追跡するという点において完全に同期しているのだ。そして、本展において、ブランジがシステムの漂白によって抽出した客体としてのiと、伊東が時空の消去によって現出させた主体としてのiが、零度の場において衝突する。

二つの虚数が再帰的に掛け合わされるとき、システムが規定する論理は鮮やかに反転する。アンドレアのiと伊東豊雄のi。この二つのiが重なる場所で、世界は初めてその裸形を露わにする。それは零度における完全な交差であり、反転した実存の領土、すなわち-1へと辿り着く瞬間なのである。


andrea ・ i ito = −1

アンドレア、あなたが追いかけ続けたiは、伊東の追いかけ続けたiと出会い、このミラノで、私たちの手のなかに、−1として現れる。


アンドレアと伊東の協働によって、奇跡的に現れた反転した実存の領土。それは、会場の最後に立ちはだかる鏡の皮膚に映り込み、もう一度だけ静かに裏返る。マイナスの世界は、鏡の奥で再び1という日常の風景へと回帰する。何の変哲もない1。私たちが当然のように呼吸している世界。ただその座標は、零度の円環をくぐり抜け、有機的な流れの先にある、小さなもの(i)のざわめきが予感として満ちている、かつてとは決定的に違う1なのだ。


−1 × −1 = 1
1 = − e

iは写真にうつらない

だが静寂のさなかにこそ

確かな生が息づいている

私たちは不可視のiを追いかける者として

連続するいまへと投げ出されたまま

このミラノの会場を

そっと後にする


Daik i Yamaj i



文責

山地大樹|Yamaji Daiki

建築家。伊東豊雄建築設計事務所にて本展のデザインに携わる。本稿は、一人の批評家としての個人的な思索であり、組織の公式見解や立場とは一切関わりを持たない。本稿の内容に関する一切の問い合わせは、山地大樹(after-post-office.com)宛にお願いいたします。