『日本建築の空間』の表紙

日本建築の空間 井上充夫 / 1969

日本建築の空間を考えるうえでの古典的名著。

当書は、井上充夫による1969年の書物であり、日本建築の空間的発展の通史を描いたものである。1943年の「我国上代建築の配置及び平面に見る空間把握の方式に就いて」という論文と、1944年の「我国近世建築の配置及び平面に見る空間把握の方式に就いて」という論文を下敷きにしながら、戦後に幾度となく加筆をした生まれた書物であり、完成まで約25年のも時間が流れている。完成までの時間の長さの裏腹、明確な構成と無駄のない力強い文体によって、ここまでコンパクトにまとめられていることは驚嘆にあたいする。当書はアロイス・リーグル、そしてその後継者であるウィーン学派の様式論に影響を受けながら、美学的な観点から日本建築の空間論を紡いだ古典的名著である。

『Space in Japanese Architecture』の表紙
『Space in Japanese Architecture』の表紙 @amazon英語版も出版されている。

実体的なものと空間的なもの。

井上が『日本建築の空間』を書きはじめた1940年当時、空間という概念そのものが日本建築界に普及していなかった。そもそも、空間という概念で建築を語ることは、19世紀末のドイツ語圏においてはじまったもので、それが日本に輸入されたという経緯がある。日本において、空間という概念をもって建築を語るということ自体が新しかったのである。そこで、井上は建築空間の定義から始める。「内部空間でも、外部空間でも建築空間はつねに実体によって形成される(p13)。すなわち、建築空間は、壁や天井などの具体的かつ感覚的な実体を無視して語ることは出来ない。しかしながら、逆にいうと実体だけでは空間を捉えることは出来ない。だから、建築の造形上の問題に限っていえば、実体と空間の相互関係が問題になる。井上は、様々な日本建築の分析を通して、人びとの造形上の関心がどこに向けられているのかを描いてゆく。

日本建築の空間的発展の段階。

すなわち日本建築は、実体的傾向の強い彫塑的構成から、絵画的構成を経て、次第に空間的なものの表現を展開させ、ついに行動的な空間の構成を完成した、ということができる。(p288)

井上充夫『日本建築の空間』(強調筆者)

上記が最終的な結論である。上記の引用が明らかにするとおり、人々の造形上の関心が、実体的なものから空間的なものへ変遷していくことが明らかにされる。「行動的な空間」とい概念はう独自で新しいものの、実体から空間へという変遷そのものは新しいものではなく、リーグルやギーディオンを参考に組み立てられたものだと思われる。ただ、西洋から新しく輸入された「空間」という概念を持って日本建築をたどりなおす試み、そしてリーグルから学んだと思われる一つ一つの建築を緻密に分析する手際は、見るものを圧倒させる。井上は、日本建築の空間的発展を5つの段階で語ってゆく。①空間よりも実体、②彫塑的構成、③絵画的構成、④内部空間の展開、⑤幾何学的空間より行動的空間へ、という段階。あまり深追いせず、簡単にみてゆこう。

①空間よりも実体

大陸文化輸入以前の古代の日本人の特徴は、 ①柱に対する異常な関心を持つこと、②空間意識が未発達であること、である。①柱に対する異常な関心は、日本神話、諏訪の御柱祭、伊勢神宮正殿や出雲大社本殿の心之御柱などから確認され、柱そのものに対する信仰があると指摘される。ここでは「依代説」が否定され、神や霊魂が具体的な形のある実体として把握されているのが興味深い。②空間意識が未発達であることは、神と人の空間的差別がないことによって、人と神が同居する「神人同席」となっていることが指摘される。根拠は、大嘗祭や新嘗祭などを含む、宮廷や神社や民間の祭りの分析である。こうした、空間にすら至らない実体への関心は「日本建築空間発展史の前段階」(p283)と表現されている。

諏訪の御柱
諏訪の御柱 ©663highland諏訪大社では、境内にそれぞれ御柱が立っている。また、7年ごとに行われる「諏訪の御柱祭」はあまりに有名。

②彫塑的構成

大陸文化が輸入後の比較的はやい時代、飛鳥・白鳳時代を中心に分析が進められる。ここでの特徴は、寺院では仏、宮殿では天皇、住宅では主人、神社では神、といった「主体の占有空間」が造形されることである。この主体の占有空間は、外部から遮断されていることが特徴であり、たとえば寺院や宮殿においては回廊と呼ばれる垣根で囲む構成となる場合が多い。回廊内は仏や天皇の占有する空間であるから、外部のひとが入ることは許されない。その結果、回廊にもうけられたが内外をつなぐ役割を持ち、内外交渉の起点となる。これは、以下の図のような空間構成であり、充実した実体をめざした彫塑的構成だと言える。井上は、この精神的背景にあるのは、具体的な実体を信仰する態度である「汎神論的世界観」だと指摘している。ここでは、まだ実体的なものが優位なのである。

飛鳥・白鳳時代の日本建築の空間構成
彫塑的構成のダイアグラム @Architecture Museum井上充夫『日本建築の空間』を参考に作成(p81)。Aは主体の占有する建物、BはAの付属空間(ゆとり)、Cは回廊もしくは垣、Dは門。AとBは主体の占有する場所であり、主体との外来者の交渉はDで行われる。
飛鳥寺の伽藍配置
飛鳥寺の伽藍配置 @wikimedia飛鳥寺の伽藍配置。ここでは実体的なものが中央に集められている。井上は、南側の中門にて天皇が礼拝を行ったとしている。なぜなら、回廊で囲まれている部分も仏の占有空間だからである。

③絵画的構成

彫塑的構成の段階の次には、絵画的構成の段階が分析される。ここでは、奈良時代に発生して、平安時代に最盛期を迎えた建築が扱われる。彫塑的構成であった実体的な中心性が徐々に失われ、中心性の代わりに正面性が生まれてゆく。この段階の特徴的は、「客体のための中庭」が形成されることである。客体とは、寺院や神社においては参拝者、宮殿や住宅ならば来訪者を指している。客体の居場所が中庭に限定されているため、客体の見える部分は主建築の正面になり、正面性が発生する。そして正面性が極度に発展すると「鳳凰堂式配置」が誕生する。これは、正面から見た一枚の絵画のような視覚的な美しさを探求す絵画的構成であり、造形上の関心は実体的なものから実体的なものの外観、すなわち仮象へと注がれる。ただ、内部空間が強く意識されたのではない。井上は、この精神的な背景にあるのは「二次元的世界観」だと指摘する。

平等院鳳凰堂
平等院鳳凰堂 ©8ware平等院法堂堂は、正面から見るときはじめて真価を発揮するようにできている。背後から見られる可能性は考慮されず、建物の奥行きは浅くなり、全体は扁平化して、まるで一枚の絵のような印象を与える。

④内部空間の展開

絵画的構成以後、古代から近世初頭に掛けての「内部空間」の変遷が追いかけられる。内部空間の発展には、付加と分割という操作が世界各国でみられるが、日本において庇と隔(へだて)という具体的な部材から変遷をたどることが可能である。また、絵画的構成では「客体のための中庭」が形成されていたのだが、今度は「客体のための内部空間」が生まれてくる。たとえば、寺院における礼堂など。そして、その新しい内部空間としての礼堂が、正堂と融合して一棟へと統合されてゆき、内陣と外陣という言葉で表現されるようになる。他にも、寝殿では晴と褻の区画が成立し、建物が分割されてゆく過程などが詳細に分析される。重要なのは、ひとつの建物のなかに性質の異なる複合的な内部空間が出てくることである。

その後、中世を通じて、自律した内部空間が泡のように突出してくる空間構造が生まれてくる。たとえば、住宅における床・棚・付書院などが分かりやすい。また、建物同士の接続も雁行配置に近しいものが生まれてくる。ここにおいて、内部空間に対して自覚的になり、空間に造形的な関心が置かれたことが明らかになる。井上は、この精神的な背景にあるのは「空の思想」だと指摘する。人々は実体そのものから遠ざかり、物質的なものへの執着がなくなり、空間的なものが意識される。簡単にまとめてみたものの、内部空間が展開してゆく段階の記述は圧巻であり、到底まとめきれるものではないことを注意しておく。

⑤幾何学的空間より行動的空間へ

最後に、安土桃山時代から江戸時代を取り上げられる。井上は、この時代の建築が、外国からの影響が少ないという点で日本建築全体を代表するものだとしたうえで、「行動的空間」に特徴があると述べる。これは、西洋や中国のような座標軸にしばられた「幾何学的空間」に比べて、「行動的空間」は進むにつれて新しい景観が展開してゆくような継時的に観賞される空間であり、主体の行動を前提にしたものである。具体的には、江戸城の本丸の複雑な平面などが考察される。また、行動的空間の効果をあげるため、唐破風や玄関といった人間の運動を強調するための出入口がの造形が強調されてゆくと同時に、動線に屈折や旋回が導入されてゆく流れが分析される。井上は、行動的空間の精神的な背景にあるのは諸行無常に代表されるような「流動的世界観」だと述べられ、当書は幕を閉じる。

さて、ここまで井上充夫の『日本建築の空間』の概要をざっとさらってみたが、その緻密な研究は簡単にまとめられるものではない。日本建築史とウィーン学派の様式論を組み合わせながら、日本建築の空間的発展の段階を描く試みはあまりに素晴らしい。ここまで充実した本はあまりない。これは絶対に読んで欲しい一冊である。ぜひ、購入をお勧めしたい。

note

建築作品そのものを分析することの覚悟から学ぶこと

アロイス・リーグルの建築美論への影響。

アロイス・リーグルの影響

井上の日本建築の空間的発展の通史は、ウィーン学派、とりわけアロイス・リーグルの姿勢を受け継いでいる。アロイス・リーグルは、1893年の『美術様式論』のなかでゴットフリード・ゼンパーを安易に単純化した主張を批判的に検討しながら、「芸術意欲(Kunstwollen)」という概念を導入した人物である。リーグルは、芸術作品が、材料や技術、実用的な目的といった芸術作品以外の要因によって成立するものではなく、「芸術意欲」をもとに変化・発展するという考え方を示した。リーグルの新しさは、芸術様式が発展した根拠を、宗教・政治・経済・技術・素材・目的などの芸術以外の外在的な動機に安易に求めることを認めず、芸術作品そのものに身を置いて考えることを徹底する姿勢を示したことにある。

『美術様式論;装飾史の基本問題』の表紙
『美術様式論;装飾史の基本問題』の表紙 @amazonアロイス・リーグルによる著作。「しかしそれは技術的・唯物的発生説の論者が要求するほどの主導的役割ではない。原動力は技術になくて、むしろある(はっきりとした)芸術意欲にはじまる(p42)

リーグルとヴェルフリン

井上は『建築美論の歩み』のなかで、リーグルとヴェルフリンの差異を明確にしている。どちらも芸術作品そのものに身を置いて考えることを徹底する姿勢は同じであるが、リーグル学派は「様式的特色と背後の精神的基盤との関連を比較的重視する(p204)一方、ヴェルフリン学派は「美術作品を生んだ社会的条件や思想的背景とのつながりはあまり問題にしない(p221)のである。リーグル学派は、様式の発展を「芸術意欲」などの表現と考えるが、ヴェルフリン学派は、様式の発展が自律的に発展すると考える。そして、井上はヴェルフリン学派よりリーグル学派を好んだという。

建築の種類によらない分析

井上の日本建築の空間的発展の通史は、リーグル学派の姿勢を受け継いでいる。まず、美術様式論の前提として、日本建築の空間的発展の理由を、外部の動機に安易に求めることなく、建築一つひとつに身を置いて考えること徹底している。この徹底によってこそ、寺院・宮殿・住宅・神社といった建築の種類によらない、空間的発展の歴史を体系的に描くことが可能になる。このような発展は、宗教建築とか住宅建築とかいう建築の種類や、大陸系の建築であるかどうかというような差異を超えた一様な現象であって、いわば日本建築史全体を蔽う大きな動きであった(p289)。こうした建築の種類を横断した研究は評価されるべきである。

建築の分析からすべてを導出するという覚悟。

精神的基盤の導出

また、当書にはリーグルの「芸術意欲」という言葉が直接的に出てくることはないが、各章の最後には様式を生み出した精神的基盤についてが語られているのが分かる。「汎神論的世界観」「二次元的世界観」「空の思想」「流動的世界観」という精神的基盤である。この精神的基盤を描くことがリーグル学派の影響なのだが、重要なのは、多岐にわたる建築作品の分析を通じて、これらの分析から精神的基盤が導き出されるという順番である。まず、外在する条件によって建築作品が生まれるという理論が徹底的に批判され、建築作品そのものが分析され、その背後の精神的基盤を導出される。そして最後に、その導出された精神的基盤が建築作品を発展させたと指摘する。

美術様式論の困難

この論理構成は、よく考えると無茶があるのは明らかだろう。たとえば、こんな記述がある。「第一に、現実の建物を絵に描くのはあたりまえであるが、絵をもとにして建物を造るというのは、順序が逆である。第二に、たとえ日本の鳳凰堂式寺院が浄土図にもとづいて造られたと仮定しても、その浄土図のもとになったのは、やはり現実の地上の建物でなければならない(p120)。果たしてそうだろうか? 絵が先か、建物が先か? それを根拠なく決定するのは暴論だろう。しかしながら、井上にとって、建物を外在する条件、この引用においては建物を浄土図で語ることは批判されなくてはならない。なぜなら、それをしてしまうと、建物そのものを分析するという前提が崩壊するから。まず、建築の分析からはじめなくてはならなず、そこからすべてが導出されなくてはならない。

井上の覚悟から学ぶこと

なるほど、このような過程で導出された精神的基盤が建築作品を産み出したというのは幻想かもしれない。ただし、それを批判しても仕方がない。むしろ、そのように建築史を描くと覚悟を決めることでしか、建物そのものを綿密に分析することはできないことに注意すべきである。我々は、つい建築を、建築以外の外在的な要因で建物を評価してしまいがちである。この態度はジェフリー・スコットが『人間主義の建築』で繰り返し批判した態度である。井上は、建築を建築そのものとしてみることから決して離脱しない。その覚悟には学ぶことが多い。ぜひ読まれたい一冊である。

さて、メモはこれくらいにしておくが、井上充夫の『日本建築の空間』は、美術様式論に影響を受けながら、きわめて西洋的な視点で日本建築の空間的発展の通史を描いた点で重要である。日本建築史というよりも、美学的な視点が主なのでとても読みやすい。ぜひ一度は読んでおきたい一冊である。補足だが、『10+1』の「建築の訓読を巡っての書簡」という箇所で岡崎乾二郎が『日本建築の空間』を批判的に検討しているのだが、それがすこぶる興味深いので併せて読むと楽しいだろう。

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