環境としての建築:建築デザインと環境技術 レイナー・バンハム / 1969
建築を環境として捉える意義。
レイナー・バンハムは1922年生まれの建築史家・建築評論家であり、『第一機械時代の理論とデザイン』を著したことで知られているが、当書はバンハムの著書のなかで「環境」に焦点を当てた重要なものである。従来の建築史において、構造と機械設備は切り離され、その一方である構造ばかりが価値が与えられ、機械的設備に歴史的考察が向けられたことはなかった。しかしながら、機械による環境制御は建築における重要な側面である。人間は恒温動物だから、暑さや寒さを適当に制御しなくてはならない。人間は呼吸をするのだから、換気を用いて大気を適当に制御しなくてはならない。また、蒸し暑くならないように湿度を制御しなくてはならないし、手元を明るく照らすために光を制御しなくてはならない等々…。バンハムは、建築を環境として扱うことによって、環境という視点から建築を捉えなおしてゆく。
環境の歴史を建築を介して描き出す。
視覚から遠くはなれて
近代建築にかげりが見えはじめた1960年代に「環境」という言葉を選び取ったバンハムは慧眼であった。近代建築における純粋な秩序への信仰が崩れてゆくなかで、現象学的に建築を見る方法が流行するのだが、それは視覚に頼った分析が多かった。そのなかで「環境」という言葉は、視覚だけではなく五感を含めた雰囲気を表現するのに適していた。たとえば、匂いや息苦しさ。19世紀の急進的な工業化は、驚くべき大気汚染を引き起こし、人々に換気設備の必要性を駆り立てる。すると、換気設備を建築に導入せざるを得なくなる。すなわち、匂いや息苦しさという生きている人間の視覚ではない要素によって、換気設備が求められ、建築は変容を迫られる。このように「環境」というキーワードは、視覚優位の建築史に対して、文字通り、新しい風を送りこむのである。
環境が建築に与える影響
バンハムは、環境というものを鍵としながら、機械設備がどのように建築を変容させたかという点を論じてゆく。暖房設備の歴史、照明設備の歴史等々…。コルビュジエは『建築をめざして』のなかで、「建築とは光の下に集められた立体の蓄積であり、正確で、壮麗な演出である
」(SD-p37)と主張したが、電灯照明の発明によって、コルビュジエの主張は変容を迫られざるを得ない。すなわち、機械設備の発明が、建築の芸術性の問題へ直接的に絡んでくる。バンハムが、機械設備の歴史を描くと同時に、そうした機械設備が建築という芸術に与える影響を描いてゆく点が、すこぶる面白い。バンハムにとって、建築は機械的設備と切っても切れない関係にあるのだ。この議論を敷衍するならば、建築とアートの違いは機械的設備による「環境」への配慮の有無だとも言えるかもしれない。
建築を環境的に再評価する。
かくして、バンハムは「環境」という軸で建築を再評価してゆく。時代遅れの外観こそしているものの、画期的な環境システムを備えていたヘンマン&クーパーの『ロイヤル・ヴィクトリア病院』、空調システムと外観を意匠的に一致させたライトの『ラーキンビル』、細やかな環境システムの配慮が建築へと統合されたライトの『ベイカー邸』等々。他方で、バウハウスを初めとするドイツ建築において、機械設備が視覚的コンポジションの要素として扱われきた背景や、コルビジュジエが環境に気を遣いながらも環境設備技術の無知によって苦しんだ過程、そして1906年についに湿度調整まで可能な完璧な空気調和設備がウィリス・キャリアによって特許登録され、劇場や事務所へと導入されていく流れ、吊り天井の歴史からラスヴェガスの現在に至るまで、バンハムの鋭い分析眼には感嘆せざるを得ない。
省エネ法が改正されて厳しくなった現在、意匠と環境の関係性を見直すうえでも『環境としての建築』は必読である。
機械設備は建築を豊かにするのか?
写真にうつる黒い煤から考えてみる。
暖炉から出る黒い煤
一枚の写真がある。伊東豊雄の『千ヶ滝の山荘』の写真である。大きな箱のなかに、白い四角い箱が入れ子状に入り込んでいる建物だが、一際目を引くのは、暖炉から伸びあがる黒い煤である。本当は、揺らぐ炎に照らされた黒い影なのかもしれないし、一枚の写真を撮るためだけに創られた演出かもしれない。ただ、暖炉から伸びあがる黒い煤のようなものが美しい表情を生み出すと同時に、何とも言えない人間の匂いが立ち昇らせていることに、ひどく感動した記憶がある。この山荘の設計者は、暖炉から出る黒い煤を隠蔽することなく発表したのだと驚きながら、抽象的に構成された白い空間に伸びあがる煤を介して、美しい野生の揺らぎのようなものが産出されているのを感じたのである。
『千ヶ滝の山荘』の写真に映り込んだ黒い煤。これは、いままでにない魅惑的な装飾的な効果を産み出している。一体、この黒い煤に魅了されるのは何故だろうか? そんなところから問いをはじめて、建築における機械設備について考えてみたい。文脈こそ違うものの、バンハムは煤に関して以下のように記述している。以下の引用から話を広げてみよう。
煤はガス灯シャンデリアの上の天井をくろずませ、時には真黒にし、蛇腹をうすぐろくぼかしてしまうので、十九世紀の主婦たちが、春の大掃除の儀式に苦心したのはこの煤の一皮をどう処理するかということであった。煤を出す照明の季節(秋から冬)の終わりには、彼らは煤を吸った織物や壁掛けや敷物や、詰物をした家具などを全て部屋から出して、少なくとも浮き上がった煤だけは叩き出し、同時に天井を掃き、白く塗りなおすことさえもするのであった。(p44)。
レイナー・バンハム『環境としての建築』
(強調筆者)
不完全な機械設備が生むコミュニケーション。
環境設備の不完全さ
上記の引用において、煤を起点とした演劇が生じているのが印象的である。ガス灯を用いることによって、煤という厄介な物質が生じると同時に、春の大掃除という季節の出来事が産み出されている。いわば、環境設備の不完全さによって生じる厄介者の黒い煤が、ある種のコミュニケーションを生み出しているのだ。こうした出来事は、西洋に限ったことではなく、日本にも古くから「煤払い」が行われ、年末に煤を払うことで神様を迎え入れる準備をするという風習があった。黒い煤を払いのけるという風習が、共同体を維持するための装置として働いていたのは容易に想像できる。
共同体維持装置としての不完全さ
設備機器の不完全さが産み出す煤が、共同体を維持するための装置として機能している。この考え方には奇妙な逆転がある。というのは、人々は住みよい環境を求めて集まり共同体をつくるはずなのに、気がつけば、設備機械の不完全さのために住みよくない環境が生じて、その設備機械の不完全さによって生じた黒い煤を払いのける出来事を通じて、今度は共同体が維持されているからである。もし黒い煤というスケープゴートによって共同体が維持されるとすれば、興味深い帰結が生じる。それは、人々を結びつけているのは、機械設備によって生じた住みよい環境ではなく、不完全な機械設備によって生じる不満と気遣いであるということだ。
環境とコミュニケーション
完璧な機械設備は、コミュニケーションを奪い去り、他者性を排除する方向へと向かう。もし完全な機械設備によって、完璧な環境というものが生じたとすれば、そこに共同体が生じる余地がなくなり、人々は結びつきを失なうだろう。現在の状況に置き換えて考えるならば、空気調和設備はほとんど完成を迎えていて、人感センサーとAI制御によって各個人に適切な温度を提供してくれるし、全自動で設備内をクリーニングすることもできる。煤や埃など生じず、掃除をする必要もなくなり、「暑い」「寒い」といった他者への気遣いを起点としたコミュニケーションが失われるのは時間の問題である。そもそも、完璧な環境を実現するためには他者は一番の邪魔者である。邪魔者としての他者を排除することなく、当然のように人々が共同体を育もうとした歴史、この歴史を忘れてはならない。
機械設備と他者性
完璧な機械設備を実現するうえで、生活家電の領域も見逃すことはできない。ルンバなどの全自動掃除機の発明によって、大掃除が失われ、家族がコミュニケーションをする機会が失われている。これは、ルンバが掃除の時間を短縮してくれるから、家族とのコミュニケーションの時間が増えるという一般論と正反対である。コミュニケーションのためには、機械設備は完全であってはならず、不完全な箇所が残されていないといけない。だから、完全な環境をめざすユートピアンは、その環境のユートピアに他者はいるのか、この問いを常に忘れてはならない。バンハムは機械設備が発展しゆく歴史を描いたが、それは、建築がいかに他者性に向き合ってゆくかの歴史そのものとして捉え直さなくてはならない。現代の建築家は、どのように他者に向き合えばよいのだろうか…?
写真にうつる黒い煤
さて、先ほどの『千ヶ滝の山荘』の写真の黒い煤の話に戻ろう。ここの煤が表現しているのは、環境設備の不完全さである。そして、環境設備の不完全さとは他者の象徴である。この写真をみていると、他者が立ち昇る。一体、誰が煤払いをするのだろうか…? この写真にうつり込んでいるのは、ただ一人の女性だけだが、この女性が立ち上がって煤を掃除している姿は想像できない。では誰が…? こうした他者性を呼び起こすのが、環境設備の不完全さの魅力である。もし、この暖炉の前に複数人の人がいたならば、この写真は何も呼び起こさないだろう。機械設備の発展が産み出す建築学と同時に、機械設備の不完全さの社会学が求められるだろう。
不完全な機械設備が生む装飾への情熱。
表面の皮膜としての煤
先ほどのバンハムの引用に戻ろう。19世紀の主婦達は大掃除をする際に、煤が壁や天井を黒く染めてしまうと、壁を白く塗りなおすこともあったという。もしこれが本当ならば、壁を白く塗り直す主婦は、まるで20世紀のモダニストを先取りしているようでさえある。ここで抑えておきたいのは、煤が白い壁面を汚すものとして現われていることである。さらに言えば、「煤の一皮」とか「浮き上がった煤」という言葉が明らかにするように、煤は壁面を覆う皮膜として扱われている。敢えて言うならば、19世紀の環境設備の不完全さが生み出した皮膜こそが、黒い煤であったのだ。『聖書』の「第六の災い」において黒い煤がばら撒かれ、膿の出る腫れ物が蔓延したことを思い出すならば、煤はその表面性ゆえに、最後の切り札として使われることもある。
失われてゆく煤の行方
さて、19世紀の後半において、次第に裸火は使われなくなり、ガス灯からガスマントル、そして電灯照明が発明されると煤は出なくなる。そして煤が失われたことが新しい様式を生じさせる。バンハムはこう分析する。「アール・ヌーヴォーとティファニーの、細い曲線や淡色の壁や輝く装飾は、ガス灯の排気が繊細な製品を腐食したり装飾を黒くしてしまうという、全く物理的な理由のみならず、照らし出す光の性質と配分とが完全に様式に合うからと言う、純粋に美的な理由でも、電気照明なしでは考えられないものであっただろう
」(p45)。後者の配光の均等性の分析は棚にあげるとして、アール・ヌーヴォーが黒い煤が失われるのと同時期に発展を遂げたという前者の指摘が重要である。
黒い煤の装飾論
黒い煤という装飾が、細い曲線や淡色の壁や輝く装飾へと置き換えられたこと。ここが興味深いポイントである。環境技術の発展によって、壁面への黒い煤という邪魔者の影響がなくなった結果、壁面が自由になり、そこに植物が描かれた。ここにおいて、黒い煤という皮膜としての装飾が、植物という皮膜としての装飾へと変化を遂げている。一体なぜだろうか…? 何が装飾を駆り立てるのか…? 個人的な推測に過ぎないが、人は白い壁があると絵を書きたくなる訳ではない。そうではなくて、何かが描かれていた場所が白紙になったとき、物寂しさが押し寄せて、その、物寂しさを埋めようと何かを描きたくなる。ラカンをあげるまでもなく、欲望とはそういうものである。この個人的推測が正しければ、黒い煤という装飾が失われた結果、物寂しい白い壁が押し寄せて、人々が植物を描いたということになる。この意味において、黒い煤はアール・ヌーヴォーの前身としての装飾なのである。
装飾、その欲望と転写
もし黒い煤という汚れが、壁の表面を覆っていたことが凡ゆる装飾の始まりであるならば…? 興味深いのは、煤が古来から装飾や絵画を描く材料として使われていたことである。煤は壁面を覆う装飾の原型であったが、その煤が払い落とされたとき、煤に代わる数々の装飾が生じてきたのではないだろうか。ともすれば、壁面を覆う煤のエクリチュールが、凡ゆる装飾へと転写され、影を落としているのではないか。つまり、煤という表面を覆う偶然の汚れが、装飾の始まりなのではないか。アール・ヌーヴォー以後、国際様式とも言える建築家の白い箱が出現してくる。しかしながら、それは単なる白い箱であり、煤の痕跡はない。繰り返すが、人は白い壁があると絵を書きたくなる訳ではなく、煤が払い除けられたあとの白い壁に絵を描きたいのである。
写真にうつる黒い煤
不完全燃焼が生じさせる黒い煤。これは国際様式の白い箱が排除してきたものである。いま、機械設備は完璧に近づき、機械設備の不完全さは壁を汚すことはなくなり、それと同時に絵を描く欲望も消えてしまっているだろう。さて、先ほどの『千ヶ滝の山荘』の写真の黒い煤の話にもう一度戻ろう。ここの煤が表現しているのは、失われた装飾の原型である。凡ゆる装飾は、この壁の表面を覆う黒い煤からはじまったのである。この黒い煤は、いずれ掃除されて消えゆくだろう。このとき、本当の意味で白い壁が現われる。当初から白い壁は虚偽であり、何かを描きたいという欲望を換気させることはない。しかしながら、煤を失った白い壁は、白い壁よりも白い。白よりも白い壁は、人々に物寂しさ与えて、人々を装飾の情熱へと走らせるだろう。ここに、美しい野生の揺らぎが垣間見えるのだ。
さて、メモはこのくらいにしよう。『千ヶ滝の山荘』の黒い煤を題材に、機械設備の不完全さが生じさせるコミュニケーションと装飾について感想を書いてみたが、環境や機械設備に関して、それを無視するにせよ、取り入れるにせよ、建築家はより深く考えなくてはならないのは明らかである。 レイナー・バンハムの『環境としての建築』は、建築デザインと環境技術について考えるうえで必読の一冊である。ぜひ、一読して欲しい。
