インターナショナル・スタイル H=R・ヒッチコック&P・ジョンソン / 1932
インターナショナル・スタイルの誕生。
展覧会に併せての刊行
1932年、MoMA(ニューヨーク近代美術館)において「Modern Architecture」という展覧会が開催され、展覧会に併せて刊行されたのが当書である。この展覧会には、グロピウス、コルビュジエ、アウト、ミースらなどを中心に、15ヶ国、40人に及ぶ建築家の作品が展示された。ヒッチコックとジョンソンが行った仕事は、こうした新しい建築群に通じる特性を「様式」として一括りにして分析することである。なるほど、それ以前にも過去の様式と縁を切り、固有の方法を模索した建築家は沢山いた。たとえば、オットー・ワーグナー、ペーター・ベーレンス、オーギュスト・ペレなど。しかしながら、彼らは個人主義的な動きであり、新様式の創設にまで至っていなかった。いわば、「半─近代的」なのである。(1966年には「初期近代的」と言い換えられている。)
新しい様式の誕生
そうした個人主義的な動きに対して、1922年頃において明らかに新しい様式が誕生してくる。「半─近代人たちによる革新が個別的で独立的なものにとどまって広まらなかったのに対し、彼らの後継者たちによる革新は互いに並行して補完しあい、形成されつつある様式の統一的精神によってすでに互いに通じ合っていたのである
」(p37)。この新しく現われてきた新様式こそが「インターナショナル・スタイル」と名付けられたものである。重要なことは、インターナショナル・スタイルは、1922年頃に実際に現われ始めた建築群に対して、事後的に名付けられたということである。だから、インターナショナル・スタイルに従って建築がつくられたのではない。「インターナショナル・スタイルは現在すでに存在している
」(p29)ものから導かれたのだ。
インターナショナル・スタイルの具体例
ゴシックの有機的垂直性やバロックのリズミカルなシンメトリーのように、1922年頃に徐々に定義可能になりつつあり、無視できなくなっている根本的な美学的原理があるのではないか? もしそうならば、それらを「インターナショナル・スタイル」と一括りにして分析する必要があるのではないか? これが、当書の試みである。とりわけ、グロピウス、J.J.P.アウト、コルビュジエ、ミースという4名がこの様式の指導者として挙げられる。具体的には、1911年のグロピウスの『ファグス靴工場』、1926年のグロピウスの『バウハウス校舎』、1922年のアウトの『アウト・マテネッセ』、1925年のコルビュジエの『レマン湖畔の小さな家』、1922年のミースの『煉瓦造田園住宅案』などが分かりやすいが、その他にも豊富な事例が並べられている。
インターナショナル・スタイルの3つの美学的原理。
まず第一に、量塊としてよりはヴォリュームとしての建築、という新しい概念がある。第二に、軸性シンメトリーというよりは、規則性がデザインを秩序づける主要な手段としての役割を果たす。これら二つの原理は、装飾の気まぐれな付加を禁止する第三原理と相俟って、インターナショナル・スタイルの作品を特徴づける。(p29)。
H=R・ヒッチコック&P・ジョンソン
『インターナショナル・スタイル』
ヒッチコックとジョンソンは、インターナショナル・スタイルの建築群に3つの美学的原理を見出す。①ヴォリュームとしての建築、②規則性に関して、③装飾付加の忌避である。このうち、③装飾付加の忌避に関しては、1966年の『20年後のインターナショナル・スタイル』という論文において、構造の分節という原理に置き換えたいと述べられている。「今日となっては、構造の文節を付け加えるべきことは確かであり、おそらくそれを第三原理とすべきだろう。また装飾への言及を省きたく思う。というのも、それは原理の問題というよりは趣味の問題であるからである
」(p200)。ただし、「構造の文節」が具体的になにを意味するかは当書に書かれていないので、ここでは触れない。
機能主義とは無関係である
ここで抑えておきたいのは、これらの3つの原理が美学的原理であるということ。インターナショナル・スタイルは、美学的な問題を二の次にした機能主義とは異なり、芸術としての建築における美学的原理として導かれている。したがって、機能主義がインターナショナル・スタイルの美学を無意識的に表現してしまうことはあるが、機能主義がインターナショナル・スタイルに直接的に結びつくわけではない。要するに、インターナショナル・スタイルは機能主義であるという解釈は間違っている。機能主義とは無関係に、①ヴォリュームとしての建築、②規則性に関して、③装飾不可の忌避、という美学の問題が指摘されているのだ。
あくまで、芸術としての建築、そして美学的原理が問題なのであり、むしろ美学の原理によって機能主義は選別される側にあることに注意したい。だから、たとえ機能主義にしたがってつくられたものでも、美学的に美しくないと宣言することも出来る。こうして、アメリカの摩天楼は美学的に美しくないと批判される。また、インターナショナル・スタイルが美学的原理であるがゆえに、素材に選らないことも面白い。「木造が美学的諸原理によって統御されるなら、それは確かにインターナショナル・スタイルの諸原理にかなうのである
」(p100)。ともかく、議論を美学の問題に限定するという仕掛けがインターナショナル・スタイルを面白くしている。さて、3つの原則を詳しくみてみよう。
①ヴォリュームとしての建築
第一の原理は、ヴォリュームとしての建築である。ヴォリュームの反対は量塊である。ヴォリュームは空洞であり、量塊は蜜実である。したがって、ヴォリュームとしての建築は、その表面の部分を意識せざるを得ないそして、骨組み構造に、薄い表面としての皮膜がつけられることによって産出される美的効果を、インターナショナル・スタイルの建築家は好む。だから、陸屋根が有効であるし、皮膜のようなスクリーンが望まれ、さらには薄く平坦な連続した表面が好まれる。ヴォリュームが美学的に重要であるから、粗いスタッコは嫌われ、レンガの使用は嫌われ、目立った窓枠は嫌われる。
②規則性に関して
第二の原理は、規則性に関してである。たとえば、骨組みの柱は可能な限り規則的に並べられるし、窓枠も可能な限り規則的に並べられる。過去の建築において、不規則なものを秩序づける際にシンメトリーが用いられていたが、インターナショナル・スタイルの建築家は、シンメトリーに頼ることなく、同一部材の等間隔の反復といった「規則的リズム」(p69)や、「プロポーションの図式」(p74)といった規則を守ることによって、不規則なものを秩序づける。だから、アシンメトリーなものも違和感なく取り込まれるし、矩形でない不規則な平面形状(例えば円形や斜め)なども違和感なく取り込まれる。
③装飾付加の忌避
第三の原理は、装飾付加の忌避である。なぜなら、付加された装飾はヴォリュームとしての建築の雰囲気、すなわち滑らかな表面の雰囲気を損なわせるからである。ヒッチコックとジョンソンは、オーナメントとデコレーションという二つの単語を使い分け、前者を否定的に、後者を肯定的に用いている。付加されるオーナメントをできる限り排除して、建築を適切に飾り立てるデコレーションを用いるのが、インターナショナル・スタイルの建築家である。だから、笠木や手摺といった建築のディティールに関しても、建築に付加されるというよりも、建築を飾りたてるように適切に設けられなくてはならないし、彫刻や絵画作品に関しても気を使わなくてはならない。
インターナショナル・スタイルから学ぶこと。
インターナショナル・スタイルという様式の命名は大きな影響力を与えた。その結果、世界各国の建築が、インターナショナル・スタイルという美学のもとに包有され、建築家一人ひとりの個性は脱色されて国際様式のなかに溶け込んでしまう。様式は一度宣言されたなら、今度は各個人に牙を向くことになる。こうした様式の危険性を考えるうえで、インターナショナル・スタイルを批判的に検討する必要があるだろう。また、『インターナショナル・スタイル』という著作から学ぶべきは、ヒッチコックとジョンソンの様式のつくり方でもある。膨大に並べられた現在の事例、それら数多の事例を統括する「インターナショナル・スタイル」という一つの言葉、そして弾力性を持った適当な原理を宣言したその途端、一つの様式が誕生するのだ。果たして、現代において新しい様式は可能か? そのあたりを考えるうえでも、一度読みたい著作である。
建築様式をつくること、建築をつくることの乖離と行方。
建築における様式の意義。
一般に、批評家や著述家によって評価されているような建築家にとってもっとも受け容れがたいのは、「様式」の概念そのものである。というのも、それが「先験的」なある種の規則による抑制あるいは規律を意味するからである。(p194)。
H=R・ヒッチコック
「20年後のインターナショナル・スタイル」
ヒッチコックは、様式という概念そのものが「規則による抑制あるいは規律」として機能することを熟知していた。なるほど、様式というのはある時代の建築を理解するうえで重要な尺度となる一方で、その時代の建築を縛りつける規律としても機能するような、客観的で自律した体系のことである。客観的で自律した体系であるからこそ、社会的に共有して議論や対話を生みだす基盤になる。様式なきままに、一つひとつの建築、一人ひとりの建築家について議論や対話を重ねても、混乱した事態が生まれるのは明らかである。だから、様式は必要である。ところで、ヒッチコックとジョンソンは観察者としての外側からの視点で、1922年頃の新しい建築様式をインターナショナル・スタイルと名付けた意義に着目しながら、インターナショナル・スタイルの建築をつくったかのは誰かという問いを考えてみたい。
インターナショナル・スタイルの建築をつくったのは誰か?
インターナショナル・スタイルという建築様式をつくったのは誰か?インターナショナル・スタイルという建築様式をつくったのは、ヒッチコックとジョンソンである。もっと言えば、ヒッチコックとジョンソンによって書かれた『インターナショナル・スタイル』という一冊の書物の誕生が様式を確立させた。では、インターナショナル・スタイルの建築をつくったのは誰か? コルビュジエやミース、アウトやグロピウスといった当書で挙げられている具体的な人物だと思われるかもしれないが、決してそうではない。彼らは、インターナショナル・スタイルの建築をつくろうなどと考えていたわけではないからである。インターナショナル・スタイルという名前は、既に存在していた建築に対して事後的に付けられたものである。だとすれば、インターナショナル・スタイルの建築は、インターナショナル・スタイルという書き言葉の誕生とともに誕生した、と言えるだろう。どういうことか?
インターナショナル・スタイルの建築に「なる」。
ヒッチコックとジョンソンはこう語る。「というのは、インターナショナル・スタイルは現在すでに存在しているからである。それは単なる将来の可能性ではない。建築とはつねに現実の記念碑の集合体であり、茫漠とした理論の集成ではないのである
」(p29)。要するに、インターナショナル・スタイルの素材は、当時すでに存在していた現実の記念碑の集合体である。それはグロピウスの『バウハウス校舎』でも、コルビュジエの『レマン湖畔の小さな家』でもなんでもよい。そして1932年の『インターナショナル・スタイル』という一冊の書物の刊行とともに、『バウハウス校舎』や『レマン湖畔の小さな家』はインターナショナル・スタイルの建築になったのである。このように、インターナショナル・スタイルの建築は「つくられたもの」ではなく「なるもの」である。だから、インターナショナル・スタイルの建築をつくったのは誰か、という問いには答えることはできない。「なるもの」にそう創造主はいないのだから。
建築様式をつくるひと、建築をつくるひと。
インターナショナル・スタイルの建築をつくったのは誰か、という問いに答えることができないということは、インターナショナル・スタイルの建築には責任者がいないということである。この責任者の不在こそが、インターナショナル・スタイルを曖昧なままに流行させた諸悪の根源ではないだろうか? ヒッチコックとジョンソンは、インターナショナル・スタイルという建築様式をつくるひとであったが、建築をつくった訳ではない。だから、建築に責任を持つ必要はない。インターナショナル・スタイルの代表であるグロピウスやコルビジュエは建築をつくるひとであったが、インターナショナル・スタイルという建築様式をつくった訳ではない。だから、建築様式に責任を持つ必要はない。建築様式をつくるひと、建築をつくるひと、両者の乖離による責任者の不在がインターナショナル・スタイルの問題点である。
観察者と制作者の相互作用の喪失。
観察者と制作者の相互作用
建築様式をつくるひとは、建築を外側からみる観察者の態度であり、建築をつくるひとは、何かひとつの建築をつくるために決断する制作者の態度である。かつて、ウィトルウィウスは、『建築書』で建築には理論と制作の両側面があると述べた。もしそうならば、意味を与えるものと意味を与えられるもの、観察することと制作すること、この両者が断絶されながら相互に関わり合うことが建築の本質となる。言い換えれば、観察者として外側に立つことと、制作者として何かを決断すること、両者の相互作用が建築には必要なのである。インターナショナル・スタイルが登場するまでは、一人の建築家が観察者と制作者という両価性を兼ね備えていた。コルビュジエは、優秀な観察者であり、優秀な制作者でもあり、両者の相互作用を一人で受けとめていた。コルビュジエは、建築様式をつくるひとであると同時に、建築をつくるひとであった。
観察者と制作者の相互作用の喪失
ところが、インターナショナル・スタイルが登場して以来、そのバランスが大きく崩れてしまった。優秀な観察者としてのヒッチコックとジョンソンは、制作者の役割を背負うことなく、制作者の役割を他人(コルビュジエやミース、グロピウスら)に押し付けた。ヒッチコックとジョンソンは観察者の側面しか持たず、両価性を持たない。その結果、従来において一人の建築家が抱え込んでいた、観察者と制作者の相互作用が完全に失われてしまった。建築様式をつくるひと、建築をつくるひと、かつて一人の建築家のなかで相互作用を与えあった両者の関係が切り裂かれ、異なる主体へと振り分けられたのだ。これまでの建築様式は、歴史的な建造物を対象にしていたため、制作者が死んでいることは共通の前提であった。しかしながら、ヒッチコックとジョンソンは現在に制作されている建築家の制作物を横取りしてしまう。すなわち、死者としての建築家ではなく生者としての建築家が喰い物にされたのであり、ここにパラダイムシフトがある。
制作者に対する観察者の圧倒的優位。
第二世代の美術館の誕生
建築様式をつくるひと、建築をつくるひと、両者を異なる主体に振り分けたことによる相互作用の消滅。それは、新しく誕生したMoMAという美術館という場所に由来するものでもある。ホワイトキューブに対して展示される作品群は、展示に先立って一貫した主題を与えられなくてはならない。そこでは、観察者と制作者が異なる主体に振り分けられるだけではなく、キュレーター的な観察者が制作者より優位な立場を与えられている。MoMAという第二世代の美術館の誕生、この特権的な場所の誕生において、キュレーター的な観察者による制作者の制圧がなされた。ヒッチコックとジョンソンの以下の一文を見て欲しい。「規則に従い、量塊ではなくヴォリュームである建築の意味するところを受け容れ、そして規則性の原理に順応する者なら誰でも、少なくとも美学的に健全な建物を生み出すことができる
」(p81)。
制作者は誰でもよい
この一文の意義は大きいのは、たとえ落ちこぼれた愚かな制作者の制作物であっても、優秀な観察者としてのヒッチコックとジョンソンの美学的原理が味方をしてくれるからである。たとえ落ちこぼれた愚かな制作者であっても、インターナショナル・スタイルという大きな後ろ盾が制作者を守ってくれる。だとすれば、観察者のいうとおりに建築をつくれば、誰がつくった建築であれ、美学的に健全な建物になる。ここにおいて、美の評価基準が、制作者から観察者側へと移されたのが分かる。とりわけ、インターナショナル・スタイルは美学的原理の問題にのみ焦点をあてる戦略が決定的であった。要するに、観察者にしたがっていれば、制作者は誰でもよい。こうして、インターナショナル・スタイルの隆盛は観察者による制作者の制圧、あるいは制作者に対する観察者の圧倒的優位を周知する出来事となった。
建築様式をつくること。
観察者による制作者の制圧は新しい現象である。 観察者の圧倒的優位が周知の事実となったことで、制作者は美的判断をしなくて済む。たとえ、制作者が美的な判断をしなくても、観察者の美的な判断にすべてが委ねられることが可能なる。これは、建築様式をつくるひとの、建築をつくるひとへの圧倒的優位と言い換えてもよいだろう。建築様式をつくるひとと、建築をつくるひとは異なる主体へと引き裂かれ、建築様式をつくるひととの立場が圧倒的に優位になった。このパラダイムシフトによって失われたのは、建築をつくるひとによる、建築様式をつくろうという意思である。インターナショナル・スタイル以前、建築様式というのは、建築をつくるひとが自分たちでつくるものであった。しかしいまや、建築様式は観察者としての誰かがつくるものである。果たしてこれでいいのだろうか…?こうした事柄に真摯に向き合った人物として篠原一男を挙げたい。篠原は『住宅論』のなかでこう語る。
デザイン手段の類型化がつくりだした状態、また、社会が外側から押し付けてくる歪みをもった不健康な状態、また、社会が外側から押し付けてくる歪みを持った不健康な空気からの脱出、自由であって、このためにひとりのデザイナーは自己の様式を発見し、そして強くきたえることによって類型化の傾斜から脱出し、そして同時に、その様式がもつ強いエネルギーによって、外側から押し出してくる後向きの古い様式とたたかうべきだという主張である。(p92)。
篠原一男『住宅論』
(強調筆者)
篠原は、「様式というのは自分たちでつくるものだという肝心なことを忘れている
」(p92)ということを強く批判しながら、様式を今つくる必要性を指摘する。なるほど、様式というのは、一人の建築家が自己のデザインの体系化を企てることによって、自分が自分であることを確認するための道具でもあった。観察者がつくった様式に呑み込まれるだけでは、そこに自己はない。当然、様式に立ち向かうことで建築家としての自己を打ち建てる方法も、様式をあえて迎合することで自己を打ち建てる方法もある。ただ、様式に関して何か応答可能であるということ、これが一人の建築家の責任になるだろう。いま『インターナショナル・スタイル』を読むということは、こうした様式の問題と発展に目を向けることである。建築様式をつくるひと、そして建築をつくるひと、その両価性の重要さを見失ってはならない。
さて、メモはこのくらいにするが、ヒッチコックとジョンソンの『インターナショナル・スタイル』は近代の建築様式の成立を考えるうえで必読の一冊である。その緻密に練られた戦略も鮮やかであるし、豊富な図版も見るだけで楽しい。ぜひ手にとっていただきたい。
