近代建築の失敗 ピーター・ブレイク / 1977
近代建築と決別の書。
著者のピーター・ブレイクは、1965年から1972年にかけて『Architectural Forum』の編集長を勤めた人物であり、4つの大きな可動式パネル壁で構成された『ピンウィール・ハウス』という作品で知られた建築家でもある。近代建築を支持していたブレイクだが、1974年頃から近代建築の負の側面を書くことを決意する。1961年にはジェイン・ジェイコブズの『アメリカ大都市の死と生』が、1963年にクリストファー・アレグザンダーらの『コミュニティとプライバシィ』が、1966年にはロバート・ヴェンチューリの『建築の多様性と対立性』が出版され、近代建築への信仰が崩れはじめてきたからである。
当書はピーター・ブレイクが1974年頃に書いた論文をもとにまとめられたもので、「近代建築運動が推進した明らかな誤りと、私自身のようにそれらの誤りを鵜呑みにし宣伝した人々を告発するという性格のもの
」(p13)である。近代建築の問題点が広範囲にわたって批判されることで、近代建築運動にとどめを刺す決定打となった本である。
近代建築11つの幻想。
機能の幻想
ブレイクは、近代建築の問題点を、11つの幻想として分類しながら批判してゆく。機能の幻想、オープン・プランの幻想、純粋性の幻想、技術の幻想、超高層ビルの幻想、理想都市の幻想、移動性の幻想、ゾーニングの幻想、ハウジングの幻想、形の幻想、そして建築の幻想。たとえば機能の幻想では、ポール・ルドルフの『イェール大学建築学部』の建物が放火された事件を皮切りに、いまや形態と機能が乖離し、「形態は機能に従う」という近代建築のテーゼが崩壊していることが指摘される。そして、ミースのいかなる機能にも対応するユニヴァーサル・スペースに関しても、経済面などから理想論に過ぎず、現実的ではないことが指摘される。豊富な具体例をあげながら行われる客観的な分析は説得力がある。
建設のリアリティ
ブレイクは、ライトやコルビュジエやミースなどを批判してゆく。興味深いのは、実際の建設に関するリアリティにまで踏み込んで批判がなされていることである。たとえば、建築部品を規格化するという近代建築の夢は、製造業者がみずからの製品を使ってもらうために、他の製品と異なる規格を使用する点で不可能であるという指摘は鋭い(p78)。要は、市場は規格化を拒否するようにできている。建設という現実世界をきちんと見ながら、理論家の世界の嘘を暴く方法は鮮やかである。こうした視点は、理想ばかりを描く建築家にとって耳が痛いものである。
建築メディアの闇
また、雑誌編集をしていたブレイクだからこその以下の指摘は興味深い。「近代建築家が新製品の製造業者によって騙され続ける理由の一つは、建築専門誌が新製品の欠点について報道する勇気を持たないからである
」(p61)。建築専門誌における広告スペースは、製造業者による新製品の発表の場所として使われているがゆえに、もし新製品の欠点を報道したならば、雑誌は潰されてしまうという構造が暴露される。いわば、建築メディアの腐敗である。近代建築とメディアが手を組んでいたことは、情報社会が馴染んできた現代、研究するべき課題かもしれない。ともかく、ブレイクは、建設からメディアまで、家具から都市計画・交通システムまで、広範囲に分析を繰り広げてゆき、至るところにヒントが隠されている。
「近代建築の失敗」に対する代替策。
最後に、ブレイクは近代建築の失敗に対して代替策を提案する。①これ以上の超高層の建設を辞めること、②現在存在する建物の取り壊しを辞めること、③これ以上の高速道路の建設を辞めること、④建設業が製品の性能に対して責任を負うのを義務付ける法律をつくること、⑤都市をゾーニングで計画するのを辞めること、⑥巨大な計画ではなく、人間が理解しうる尺度で計画を立てること、⑦建築教育を抜本的に再編成すること。そして最後に「建築自体のモラトリアムが必要
」(p230)だとして当書は締め括られる。1977年において、建築そのものを一旦考えなおすときが来ていると宣言されているのだ。近代建築の罪は、建築家なら誰もが背負わなくてはならない罪である。ブレイクの『近代建築の失敗』は、近代建築の罪を知るための材料として、一読の価値があるだろう。
近代建築と幻想と罪
幻想に殺された近代建築。
ブレイクの『近代建築の失敗』は広範囲に渡って近代建築を批判したものであり、その批判は的を射ている。なるほど、近代建築は失敗であった。近代建築はいまや終焉を迎えた死体であり、当書は死体解剖の結果として読めるだろう。では、死因はなんだったか? 近代建築が幻想を描いたことである。それは、ブレイクが近代建築を《11つの幻想》として批判したことに端的に現われている。近代建築は幻想を描き、みずからの幻想によって殺された。1960年頃のポストモダン世代の建築家は、近代建築の幻想が次々に実現されてゆくという暴力をまのあたりにしたから、それのツケを払わなくてはならなかったと言える。当然、それは重要な作業であった。「近代建築の運動の失敗はあまりにも大きいから、私が身を清める。言い換えれば、罪を告白し代替案を提出
」(p12)しなければならなかったのだ。近代建築の失敗、そして近代建築以後の喪としての建築…。では、今の世代はどうだろうか?
「近代建築の失敗」の失敗。
近代建築の第一の罪
当書が書かれてから50年経った現在、近代建築の失敗はいまや完全に定式化されている。重要なことは、若い世代が近代建築の失敗を目撃していないということである。若い世代は、プルーイット・アイゴーの爆破も見ていないし、ジョン・ハンコックタワーのガラスの落下も見ていない。つまり、近代建築の失敗というのは聞かされるばかりであり、血肉化された体験ではないのである。にもかかわらず、「近代建築の失敗」は幾度となく刷り込まれるから、近代建築の失敗という罪を背負わなくてはならない。これが、若い世代にのしかかる第一の罪である。ただし、これは血肉化されていないがゆえに、当事者としての実感などなく、まったく重みがない。風船のように軽いのだ。
近代建築の第二の罪
それだけではない。若い世代は、近代建築以後に現われた、ポストモダンの建築が次々に解体されていゆくのを目撃している。近代建築の失敗を踏まえて、近代建築を批判することを底盤にした建築も失敗に終わった。なぜなら、ポストモダニズムは否定神学であり、近代建築の語法のうえに成立していたからである。要するに、「近代建築の失敗」をうたった建築の失敗を目撃しているのだ。ここに第二の罪が発生する。しかしながら、若者世代にとって、この第二の罪もとても軽く感じられる。なぜなら、ポストモダニズムは近代建築への批判として生み出された建築だから、近代建築の暴力に比べればマシに感じられるからである。少なくとも、あのゾッとするようなゾーニングや超高層の迫害よりはマシなのだ。ポストモダニズムは近代建築の失敗と戦ったのだから…、と気を休めることが出来る。
風船のような二重の罪
若い世代は、 代建築の失敗、そして近代建築の失敗の反省から生まれた建築の失敗、この二つの建築の罪を背負っている。しかしながら、二つの罪は風船のように軽い。まったく血肉化されていないのである。二つの風船を肩に乗っけて、ふわふわと浮遊する若い世代の建築家達。もはや、野武士ではなく、エアーラブドールである。別にそれはよい。軽いからこそ生まれる新しい建築表現もあるだろう。ただ、一言だけ付け加えることが許されるならば、そこに責任と覚悟が欠けているのではないだろうか…? そして、責任と覚悟を欠いた建築家を「計画される側の人々」は信頼できるだろうか? 否、できるはずがない。信頼なくして建築家という職業は成立するのだろうか? 否、成立しない。一体どうすればよいのか?
建築家の罪と覚悟。
《近代建築は幻想を描き、みずからの幻想によって殺された。だから、幻想を描いてはならない》、こうした『近代建築の失敗』が描いたようなの前提が蔓延していることが元凶ではないだろうか。そもそも建築家は幻想を描く職業だから、幻想を描くことを封じられたら、職業そもものの存在基盤がなくなる。だからといって、ブレイクのように「建築家のいる最近の建築が建築家のいない建築よりも優れており、それがより大きな幸福を生み出すという証拠は一つもない
」(p234)などと述べてみても仕方がない。証拠などなくとも、より大きな幸福を生み出そうとするのが建築家である。だから、こう言い換えて見よう。建築家は幻想を描いても構わない、その罪を背負う覚悟があるならば。この罪が建築家の責任と覚悟、強いては信頼、そして建築家の存在基盤に繋がるのではないだろうか?
