アメリカ大都市の死と生 ジェイン・ジェイコブズ / 1961
都市計画と再建の新しい原理。
当書は、ジェイン・ジェイコブズが1961年に出版したものの邦訳であり、「この本はいまの都市計画と再建に対する攻撃です。また、もっぱら都市計画と再建の新しい原理を導入しようという試みでもあります
」(p19)という過激な一文ではじまる。ジェイコブズが当書を書き上げた1950年代、ロバート・モーゼスという人物を筆頭として、スラムを更地にして巨大アパートを建てるというトップダウン式の再開発が行われていた。そうした再開発は、エベネザー・ハワードの田園都市とル・コルビュジエの輝く都市、二つのユートピアに由来する「輝く田園都市」にしかなり得ないとジェイコブズは批判する。そこで輝く田園都市に代わる、都市計画と再建の新しい原理が提案される。その原理は、実際の都市を観察することからはじめられる。
街路の安全性はいかに保たれているか。
ジェイコブズの観察眼は鋭く、第Ⅰ部は都市の観察にあてられる。彼女がはじめに目を付けるのは、都市の街路である。ジェイコブスは、無人で閑散としている街路は犯罪などの危険性が高いのに対して、よく利用されている街路は安全だと結論づけ、①公共空間と私的空間が明確に区分されていること、②街路に人々の目が光っていること、③継続的に人々が歩道を利用していること、の必要性を提唱する。重要なのは、ジェイコブズが地域住民の顔見知りのコミュニティを安易に擁護しているのではないことである。都市は、その定義からして見知らぬひとの集まりであり、そうした見知らぬひ人々を排除せずに都市の財産として機能させることが重要になる。都市が見知らぬひとをどのように許容するのか、これを踏まえながら、人々のふれあい、子供たちの遊び、公園の使われかたなど、大都市の性格が多岐にわたって観察されてゆく。
都市の多様性の4条件。
第Ⅱ部において、有名な都市の多様性を生み出す4つの条件が提案される。「都市の街路や地区にすさまじい多様性を生み出すには、以下の四つの条件が欠かせません
」(p173)。①混合一次用途の必要性、②小さな街区の必要性、③古い建物の必要性、④密集の必要性。これらの四つの条件が、どれ一つとして取りこぼされることなく、すべて組み合わされることが重要だと指摘される。興味深いのは、ジェイコブズがこうした四つの条件によって、「用途の有効な経済的プール」(p174)をつくり出すと述べていることである。彼女は、都市の多様性を形態的側面に結び付けて論じている問いうより、経済的側面に結び付けて論じているのである。少し長いが、よく引き合いに出される箇所なので引用しながら補足しておこう。
①混合一次用途の必要性
条件1:その地区やその内部のできるだけ多くの部分が、二つ以上の主要機能を果たさなくてはなりません。できれば三つ以上が望ましいのです。こうした機能は、別々の時間帯に外に出る人々や、ちがう理由でその場所にいて、しかも多くの施設を一緒に使う人々が確実に存在するよう保証してくれるものでなくてはなりません。(p176)。
ジェイン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』
地区には2つ、可能ならば3つ以上の機能が必要だとジェイコブズは指摘する。その結果、異なる時間帯や異なる理由ので都市を利用するひとが場して、それが新しい経済的な基盤になる。ジェイコブズは、「一次用途」と「二次的多様性」とい2段階の都市の発展を描いている。一次用途の組み合わせによって人々が訪れるようになり、一次用途によって訪れる人々にサービスを提供するようになるのが二次的多様性である。これは、コルビュジエの『アテネ憲章』に代表的される機能的ゾーニングへの批判だと考えてよい。たとえば職住分離を考えてみると、職と住という一次用途の混合がないために、二次的多様性も生じ得ないのが容易に想像できるだろう。多種多様な人々が混ざり合うことが、経済的に有効なのである。
②小さな街区の必要性
条件2:ほとんどの街区は短くないといけません。つまり、街路や、角を曲がる機会は頻繁でなくてはいけないのです。。(p205)。
ジェイン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』
ジェイコブズはマンハッタンの街区の大きさを例にしながら、経済的に店が開店できるような建物を持つ街路の必要性が主張される。こうした街路は、近代都市計画のような、遊歩道やプロムナードのような単調で効率的なものではなく、多様なひとが積極的に使いたくなるような、計画を換気するものでなくてはならない。ジェイコブズは、手軽な買い物をしたり、一杯やったり出来る場所、そうした場所を計画したくなるような多様なひとが交錯する街路を主張している。そうした街路は、経済的にも都市の多様性に貢献する。
③古い建物の必要性
条件3:地区は、古さや条件が異なる各種の建物を混在させなくてはなりません。そこには古い建物が相当数あって、それが生み出す経済収益が異なっているようでなくてはなりません。この混合は、規模がそこそこ似通ったもの同士でなくてはなりません。(p205)。
ジェイン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』
新しい建物は賃料が高く、古い建物は賃料が安い。賃料が高いところには、収益性が高い物しか入ることが出来ない。たとえば、レストランや店舗に関していえば、新しい建物に入れるのは収益性の高いチェーンレストランや店舗だけであり、多様性が失われるのは明らかである。しかしながら、賃料が安く済むような古い建物が残っていると、新参者がビジネスに参入者しやすくなり、新参者が参入すればするほど多様性が生まれてゆき、人が集まり、都市が発展する。こうした意味で、古い建物は経済的に重要なのである。
④密集の必要性
条件4:十分な密度の人がいなくてはなりません。何の目的でその人たちがそこにいるのかは問いません。そこに住んでいるという理由でそこにいる人口密度も含まれます(p228)。
ジェイン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』
ジェイコブズは、高密と過密の混同を注意しながら、高密を肯定する。高密は、面積あたりの住戸数が多いことで、過密は住戸数に対して住んでいる人の数が多すぎるということである。そして、都市の二次的多様性を生み出す程度に、高密でなくてはならないと述べられる。ただし、高密すぎると建物の規格化が行われ、多様性が抑圧されると注意喚起もなされ、そのうえ、高密だからといって超高層を建てるという建蔽率の低い計画も批判されている。都市に高密に集まる人々は、都市の経済的な強さを高め、多様性に貢献するのである。ともかく、ジェイコブズが、多様性のある都市計画を四つの条件にとして、曲がりなりとも理論化してみせた功績は大きい。
都市を衰退させるもの、そして方策。
当書はすこぶる長く、辞書のような厚みを持っている。第Ⅰ部は都市の観察が書かれ、第Ⅱ部では都市の多様性を生み出す4つの条件が提案された。続く第Ⅲ部では、都市はいかに衰退・再生するのかという具体的な分析がなされる。たとえば、都市が成功することによって、今度はその都市をめぐっての経済的な競争が激化してしまう結果、都市が衰退するという危険性。鉄道や大型駐車場などの単一用途の境界が現われた結果、都市が衰退するという危険性。スラムにおいて人々が転出した結果、都市が衰退するという危険性。また、都市を衰退させる資金面での施策等々…。ジェイコブズの分析は冴えわたっている。
また、第Ⅳ部では、近代的な都市計画の方策が批判されながら、どのような方策をとるべきかが述べられる。住宅補助のための方策、自動車の交通問題を解決する方策、都市に視覚的秩序を与える方策、プロジェクトの諸問題を解決する方策(①周囲の都市に敷地を編み直すこと、②建物内の安全を確保すること、③所得上限を撤廃して住民を引き止めること)、現実をきちんと反映できる行政構造の方策…。最後に、都市と生命科学が組織だった複雑性を扱う点で似ていることが指摘され、当書は締めくくられる。都市は複雑に結びついた有機体のようなものとして扱わなくてはならないのである。
さて、ざっと要旨をさらってみたが、ジェイコブズがトップダウン式の都市計画を批判し、生活者の視点から都市を分析した意義は大きい。1961年の『アメリカ大都市の死と生』を機に、計画する側ではなく、計画される側としての都市計画の意義を無視できなくなったし、単一的な機能を割り振るような機能的ゾーニングへの信仰は完全に崩壊した。都市計画を考えるうえで、そして建築を考えるうえで、『アメリカ大都市の死と生』は必読の一冊である。ぜひ手に取らなくてはならない。
都市における生活と芸術の関係性
ジェイコブズの文体と書籍の特徴。
独特な文体
ハワードの『明日の田園都市』を読むと胸が踊る。コルビュジエの『輝ける都市』を読むと胸が踊る。しかしながら、ジェイコブズの『アメリカ大都市の死と生』を読んでも胸が踊らない。むしろ、苦しくなってゆく一方である。なぜだろうか? 思いつくままに捲し立てるヒステリックな文体がどうしても合わないからである。黒川紀章は、SD選書版のあとがきのなかで、「世間話好きなおばさんがかん高い声でしゃべり続けるような調子が最後まで続き、読者は、ときどき頭痛を感じながらも、逃げだすことができないような彼女の情熱に圧倒されてしまう
」(p264)と述べているが、まさに的を射た表現である。かん高い喋り口調のような文体の効果によって、通読するのがとても苦痛な書物である。こうした文体はどこから生まれてきたのだろうか?
芸術と生活
多分、当書の無駄な部分を省いて要旨だけまとめたならば、三分の一くらいの文章になっただろう。そうすれば、より芸術的な本になったに違いない。ただし、芸術的な文体は彼女の主張に反する。ジェイコブズはこう語る。「生活は包括的で、まさに果てしない複雑さを持ちます。それに対して、芸術は気まぐれで象徴的で抽象的なものになります。それが芸術の価値であり、独自の秩序と一貫性をもたらす源なのです
」(p401)。彼女は、芸術ではなく生活を重要視した。芸術は抽象化されて単純になるが、生活は具体的で複雑である。この果てしない複雑さを持った文体は、彼女の生活そのものの現われである。だから、複雑に結びついた有機体のような様相を呈している。様々なものが小さく区切られ、所狭しと並べられ、二次的な多様性を生み出しているのだ。彼女の書籍はまるで、一つの都市である。
図版なき書籍
さらに興味深いのは、当書に図版の類が一切ないことである。「本書を彩る場面はわたしたちのまわり中にあります。イラストがお望みなら、実際の都市を注意深く見てください。見るのと同時に、聞いて、そこに留まり、自分が見たものについて考えて見るのもいいでしょう
」(p10)と書かれている。建築系の書籍には、視覚的な図版が数多く挿入されるのことが多いが、ジェイコブズはその伝統を拒絶する。すなわち、都市は抽象化された写真や図式として扱われてはならないという意思表示なのである。なぜなら、写真や図式は芸術であり、都市は生活であるから。このあたりの生活への踏みとどまりこそが、ジェイコブズの面白さなのである。
都市の歩道のバレエ。
都市は複雑なバレエである
芸術ではなく生活を。そんなジェイコブズの『アメリカ大都市の死と生』のなかに、一箇所だけ芸術的な記述がある。その心踊る芸術的な記述は、「都市の歩道のバレエ」として知られ、以下の文章とともにはじまる。
その本質は、歩道利用の複雑な絡み合いであり、それが絶えず目をもたらします。この秩序はすべてが動きと変化で構成されており、暮らしであって芸術ではないのですが、でもそれを気取って都市の芸術形態と呼び、踊りになぞらえることができるでしょう──全員が一斉に足をあげて、揃ってくるくるまわり、一斉にお辞儀をするような単調で、高精度の踊りではなく、個々の踊り手やアンサンブルが別々のハードに担いつつ、それが奇跡のようにお互いに強化し合い、秩序だった全体を構成するような、複雑なバレエです。(p67)
ジェイン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』
(協調筆者)
この後、数ページにわたって美しいバレエ公演が記述されてゆく。「わたしの暮らすハドソン通りは、毎日複雑な歩道バレエの場面となります。わたし自身が初めて舞台に登場するの八時をまわってゴミバケツを出しにいくときで、おもしろくもない仕事にちがいありませんが、でもわたしとしては自分のパートを楽しみ、自分なりのちょっとした音をたて、その横を中学生の群れが舞台中央に向かって歩き…
」(p67)。たくさんの近隣住民が主人公となり、まるでバレエ公演をつくりあげてゆく様子は、心踊るとても美しい文章で芸術的だと言える。『アメリカ大都市の死と生』の生活の記述に退屈したひとは、ぜひこの箇所だけでも読んで欲しい。ここにジェイコブズの芸術のすべてが詰まっている。
生活が芸術に変わるとき
ジェイコブズは、数ページにわたる胸踊るような記述を終えた後、「都市の歩道のバレエ」をあまりに芸術的に描き過ぎたことを反省する。「ハドソン通りの日々のバレエを、実際よりもせわしないかのように描いてしまいました。というのも書いてしまうと圧縮されてしまうからです。
」(p71)。この一文が重要なのは、ダラダラと続くと穏やかな生活を、ほんの少し圧縮することによって、芸術的になることを示唆したことである。なるほど「都市の歩道のバレエ」が示しているのは、暮らしであって芸術ではないものを、すなわち生活というものを、ほんの実際よりもせわしなくするだけで、芸術に変わるという可能性である。ここにジェイコブズの芸術観を見れないだろうか?
ジェイコブズの芸術観。
「都市の歩道のバレエ」以外の本文は、生活への踏みとどまっているがゆえに、「雰囲気としては全体にむしろだらだらしている」(p71)。だから、退屈で胸踊らない。しかしながら、「都市の歩道のバレエ」の記述は、実際よりせわしなく圧縮されているがゆえに、芸術的で胸踊る。重要なのは、圧縮という操作である。建築家や都市デザイナーは、都市を使うひとの生活を潰して芸術を押し付けることは許されない。だからといって、何もしてはならないという訳ではない。そうではなくて、「生活に光を当てて明確化し、その意味と秩序を説明する手助けになる戦略
」(p404)を取るべきなのである。つまり、生活というものから離れることなく、生活にほんの少しの操作を加えることで、芸術にするということ。こういう風にジェイコブズの芸術観を解釈するならば、都市計画家の新しい可能性が見えてくるだろう。一体、圧縮以外のどのような操作があるだろうか? これを考えることが重要である。
さて、メモはこの程度にしておくが、1961年の『アメリカ大都市の死と生』は、モダニズム的なトップダウン的な考え方に反旗を翻し、計画する側から計画される側を考えるきっかけとなり、各国に大きな影響を与えた。ものづくりをする人は、一度は読んでおきたい著作である。
